大は小を兼ねるのか
キッチン用品を選ぶ時、
大きいサイズと小さいサイズがあれば、
小さい方が使いやすいかな、など考えながら必ず大きいサイズを選ぶ。
大は小を兼ねるのだ。
古くから残る言葉はいつも正しい。
しかし、そんな摂理が通用しないこともあると、わたしは身をもって知っている。
映画におけるディレクターズカット版だ。
ディレクターズカットとは、当時公開された映像とはちがい、
未公開映像などを差し込み再編集されたものだ。
わたしは大学時代、映画部の部長をしていたくらいには映画が好きで(もっとも部長とは名ばかりで、学内で遊んだり飲み会を企画するばかりだった)
昔から、好きな映画はDVDを購入して、ひそかにテレビ下を賑わせている。
有りし日の私は、『ニューシネマパラダイス』に出会った。
1988年に公開されたイタリア映画だ。
映画監督として名を馳せる中年が主人公で、地元にいるアルフレードの訃報を受け、少年時代を回想するところから始まる物語である。
よき映画にはよき音楽がつきものだが、作中のエンニオ・モリコーネの音楽は聞くだけで作品を思い出してグッと来る人も多いと思う。
アルフレードと主人公・トトは何周りも年齢が離れているのに、彼らの間にある友情は本物である。
しかしアルフレードは、トトの映画に対する愛情・情熱を見抜き、若く未来ある青年が小さな地元に残ることを望まなかった。
「もうお前とは話さない、お前の噂を聞きたい」
「自分のすることを愛せ、子供の頃映写室を愛したように」
「人生はお前が見た映画とは違う、もっと困難なものだ」
「 帰ってくるな。ノスタルジーに惑わされるな。私たちを忘れろ。手紙も書くな。我慢できずに帰って来ても、私の家には迎えてやらない。」
アルフレードは半ば無理やり突き飛ばすように背中を押す。
戻って来る場所を用意するのも愛なら、戻って来られる場所をなくしてしまうのももう一つの愛なのかもしれない。
結果として有名人になり成功を収めたトトは、言いつけ通りアルフレードの訃報を聞くまでは一度も地元に帰らなかった。
郷愁、変わらず残るもの、変わってしまったもの、慕情、長き人生で胸を締め付ける様々な感情を描き切っている。
大好きな映画になった。
サブスクか何かで何度も見るうちにこれはDVDを買わなくてはと思った。
ニューシネマパラダイスのDVDには、2種類ある。
公開版と、先に触れたディレクターズカット版だ。
いや、ディレクターズカット版は『完全オリジナル版』と銘打って売られていた。
公開版が124分、完全オリジナルは175分ある。
私が繰り返し見ていたのは公開版だった。
こんなに素晴らしい映画に、51分も未公開映像があったことに驚いた。
大は小を兼ねる。
含まれていないよりも含まれている方がいいに決まってる!
私は一も二もなく″完全オリジナル版″をカートに入れた。
届いてから夫と見たと思う。
何だこれは?!
このメインテーマは本当に、あの私の大好きなニューシネマパラダイスと同じなのか?
そう思った。
追加されているシーンは厳密には知らないが、
初恋の人エレナとのやり取りが公開版より詳しく収録されている。
中年になってからエレナに
「あの時、俺、待ってたんだぜ?!」と迫るのだ。
そしてエレナに
「やめましょう。私たちおじさんとおばさんになったのよ」と諭される。
確かにそういう展開があっても不思議じゃない、むしろよりリアルであるとさえ思う。
しかし、やはり公開版の爽やかな締め付けを求めて見た私にとってはやはりショックだった。
完全オリジナル版を何度か見返したが、追加のチャプターがあるというよりは、より詳らかなシーンがところどころに差し込まれているので、「あ、ディレクターズカットだ…」と思っても飛ばせないのである。
私にとっては公開版こそが生まれて最初に目にした親鳥。
不要なシーンと分かっていながら、蛇足だと思いながら見せられるのは苦痛だ。
51分ぶんの大きい器は私にとって使いにくいことこの上なく、小さいお皿を恋しく思う日々である。
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NHKプラスで地球タクシーを見ているのだが、
この前の再放送がとてもよかった!

「ローマを走る 最後の3日間」
ドライバーとの対話と車窓からの風景で、世界の街を感じる一風変わった紀行ドキュメント「地球タクシー」。人気シリーズからのスピンオフ。5分間の心を飛ばすドライブへ!
代々続くタクシードライバーの家系に生まれたピエトロさん(63歳)。ローマで現役最長のキャリアを持つ、「重鎮ドライバー」だ。「この車中で、あらゆる人生に触れてきた」。渋く、ユーモラスに彼は語る。車窓を流れゆくローマの街並みに、人生の光と影を感じるドライブ。
インタビュワーは尋ねる。
「どれくらいの人を今まで乗せてきたんですか?」
笑って首を横に振るピエトロ氏。
「日本の人口くらいかな」
「たくさんだよ。たくさん」
Tanti.Tanti!というリズムにイタリア特有のユーモアを感じる。
私の意識は完全に、アルフレードだ!とニューシネマパラダイスへ。
イタリアの街並みはきっと変わらないのだろう。
石畳に古いアパートが並んでいる。
車が走る道路をサッカーボールが横切り、少年が取りに走る。
「私にもあんな頃があった」
緑の日焼けのバルコニーが並ぶアパートを指してピエトロ氏は言う。
「あの部屋で両親を看取ったんだ。父も母も私の腕の中で亡くなったんだよ。」
「母が亡くなる時は、母の身体から魂が抜けていくのを感じたんだ。」
「人生って何が起こるか分からない。そんなものだよ」
そう話し、瞳に涙を浮かべ、胸が熱くなった!と笑うピエトロ氏。
こんなにイタリア人のおじいさんの良いところが詰まってるVTRが5分で流れることがある?!
イタリア人って何であんなに人生という言葉が似合うんだろう。
少年が青年になり、おじさんになり、おじいさんになっていく。
それがよく似合う。それが美しいと感じさせる。
私もイタリア人のおじいさんが欲しいなー。
スマホを食卓に置いてて「私との会話よりもそんな小さな板からの方が大事なのかい?」って怒られたい。
なんでイタリア語勉強してなかったんだろう。
学生時代イタリア語専攻ならイタリアにホームステイとか出来たかもしれないのに……
【募集】イタリアの家族とお近づきになる方法
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