bor_pen_nyang

読むとだいじょうぶになる

安心する温かさ

 

 

夫が倒れてもう4週間が経とうとしている。

 

 

 

 

もう一回救急車呼ぶねと声をかけると、小さい声で「だいじょぶだいじょぶ」と返事があった。一瞬迷って救急相談に電話をかける。

 

 

 

オペレーターと話しているあたりで、スッと目の色が変わり、

子供部屋の本棚を倒したり、クローゼットに突っ込んで行ったりして、

でもいつも大事にしてるテーブルは汚さないように、そっと椅子に座った。

 

 

救急隊員に連れて行かれてから、

きっとまたタクシーで帰ってくるから、帰ってきたら壁に開いた穴の文句の一つでも言ってやろう。子どもにも心配させて、タダじゃおかないぞ。と思っていた。

 

 

 

 

 

深夜2時過ぎ、混乱した子どももようやく落ち着いた頃、搬送先の病院から脳のCTを撮ってます。入院することになりました。と電話がかかってきた。

 

入院が決まったということは、今晩は帰ってこないのか。もう眠っていい、という判子を貰ったのだ。

「落ち着いたら連絡してね」とメッセージを入れたけど、既読がつかなかった。

まあ、こういう時はケータイとか触ったりしない人だよね、あなたは。

眠りの浅かった子どもがようやく深く眠っている横に滑り込む。横になっても眠れるはずもなく、ただ瞑っているだけの瞼の裏で、ジワジワと事態を飲み込んでいく。

 

 

 

 

翌日、夫がいつも使っているカバンに、いつも使っている時計や、毎晩つけている三年日記、退屈しないようにiPadなんかを詰める。

まだ肌寒いので冬用の着替えを入れたリュックと、ベッドの近くで使うであろう小物の入ったカバンを自転車の前カゴに詰め、後ろに子どもをのせて走り出す。

いつもいく大きな公園の横に、こんなに大きな病院があったなんて知らなかった。日曜日なので人もまばらで、どこに行けばいいのかもわからないので、ひとまずあいていた救急病棟の窓口へ行くが、古いダンジョンを行くようにたらい回しにされる。

 

 

ようやく彼のいる病棟に辿り着く。HCUにいるという。看護師さんが中から現れて、お子さんは免疫がないので、中に入れないんです。と言うので、不安そうな子どもを女性の看護師さんに見てもらい一人で中に入った。

 

 

事の顛末を医師に伝えると、脊髄炎か脳炎、との見立てだと言う。土日で人がいないので詳しい検査は出来ないが、また明日担当医を決めると告げられる。

 

「致命率…いや、致死率はまあ高い病気なんですが、適切に治療すれば社会復帰もできますから」

 

思いやりのない不躾な発言だと心の中で思いながら、

致命率と致死率、一文字違いで真逆のように感じるが、こちらが受け取るイメージはまるで一緒なことに感心する。命と死は表裏一体であり、まったく同じところに在居しているどころか、同一である、と思わされる。

 

 

話が終わり、看護師が夫の元へ連れていってくれた。

先程まで発作が出ていたという。発作が出ている間は見ない方がいいと思うので、という言葉にゾッとする。今は落ち着いているのですが、感染するかどうかが分からないので、窓越しにお願いしますと言われる。

窓越しにモゾモゾと横たわっている夫の姿を、ただ見つめるしかできなかったが、少し経って思うのは、窓を叩いて、もっと大きな声で彼の名前を呼んであげるべきだった。荘厳な病院の雰囲気に圧倒され、ただ静かに家族として受け入れるべきだ、と思ってしまう。

思っていたよりことは重大だった。

 

 

帰って時計を見ると13時を過ぎていた。昼ごはんが遅くなったことを子どもに謝り、椅子に乗せようと身体を持ち上げて、身体を抱きしめた。

昨日までの家族の在り方と違ってしまったものの中で、変わらない熱を確かめたくて、不安な気持ちが溢れ出し、子供の前で泣いてしまった。

すると、今まで平気な顔をしていた子どもも、堰を切ったように真っ赤な顔をして泣き始めた。自分の中の悲しみよりも、目の前にいるこの子が、不安な心を今まで封じ込めていたことに驚いた。

いつも拠り所にしている母親である自分が、弱っているところを見せるということは、彼自身の安全安心な世界も揺らぐということだ。子どもの前で泣いてはいけないという定説は本当らしい。

 

 

 

月曜日、朝に病院から電話がかかってきた。

容態が悪いのでソウカンしますという。特に何もすることもないのに咄嗟に「時間見つけていきます」と答えた。急いで自転車に乗ってペダルを漕ぐ。これ以上、がないほど悪い報せばかり。

病院に着くと、グーーーグーーーといびきをかいて横たわる夫がいた。寝てるみたい、と思ったが、周りの看護師が大勢、私のためにスペースを開けて気まずそうに下を向くそぶりが、悪化の振り幅を物語る。名前を呼びかけても寝てるだけ。私が呼びかけて泣いてるだけのこの時間も、きっと楽になれるだろうから、少しして身を引いた。

 

 

待合で待っている間に、ソウカンの意味を調べる。送還かと思ったが、挿管らしい。医療関係者にとっては当たり前の用語も、私にとっては未知の暗号だ。それでも知ってるふりをして、雰囲気で物事のスケールを感じとる。

しばらく待っていると、滋賀から義母が到着した。

大変やったなぁ。迷惑かけてごめんなぁ。と明るくおどける義母も、管に繋がれた息子を見て、言葉を失っていた。小さい頃から病気がちで心配をかける三兄弟を育てた母でも、やっぱりこれはショックなんだ、と想定よりも現実が厳しいことをまたも突きつけられ、再びへこむ。

 

 

 

義母が泊まり込みしてくれるというので、先に自転車で帰る。

一人きりの家で、声をあげて泣いた。わざとらしく声をあげて子どもみたいに泣いたら、スッキリするかなと思った。あんなに楽しく暮らした家に、もう帰りたくない、こんなところにいたくないとさえ思う。

夫のいない家でどう立ち振る舞えばいいか分からない。夫がもう帰ってこないかもしれない家で、何を楽しみに生きればいいかわからなかった。

彼がもうこのまま目を覚まさないなら、私も一緒に眠りたい。でも、私が眠ってる間に彼が目を覚ましたら悲しむだろうから、私は眠らない。眠らないで、この家を守りきる。私は令和のジュリエット。ロミオの目覚めを子どもと一緒に待つの。

 

 

 

 

病院からの電話はいつも嫌なことしか告げない。何なら病院の先生は嫌なことしか言わない。上げて落とすのが一番よくないから、下げる言い方しかしないのだ。希望を持たせない。彼らの口癖は「最悪の場合」「可能性は0じゃありません」だ。私は絶対お医者さんになれないな。自分より金の持たない慎ましく過ごしてた庶民に、ここまでむごたらしい現実を突きつけなくてはならない立場に立つなんて、技術以上に適性がいると思う。

 

 

 

C7を聴く。

 

心配なのはあなたのこと忘れそうなこと 不安なのはこんな日々にも慣れそうなこと

 

夫のいない生活も歯車は回る。夢じゃないかと思う暇さえないくらい、自然とあの時から地続きで今ここに立ってる。

どうして私は辛い思いをするんだろう。18年前のやり直しをさせられているような気もする。私が悪人だから、それを裁かれているような気もする。

母が病床にいた時、私はそれと向き合うのが辛くて、ほとんど見舞いに行かなかった。代わりに誰もいないマンションの自宅の部屋中の灯りをつけて回った。誰もいない寂しさから逃れたかった。私はいつも自分のことばかり。それを裁かれているんじゃないかと思う。

辛い思いをしたことに理由をつけたい。どうして私たちだったのか知りたい。母も亡くして、親友も亡くして、その上私の夫まで連れて行かないでほしいから。他にも大切な人やものはいっぱいあるけど、それを大事にするのが怖くなる。もっとたくさん持ってる人から奪ってくれればいいのに。

倒れてから朝、土地の神様にお参りを続けた。住所から言い始めるといいと聞いたから、泣きながら頭の中で住所と氏名としみったれた泣き言を繰り返した。

私が毎日お参りに行ったら治った、とか、指輪の順番を替えたらよくなった、とか、人生のバグに対する裏技があればいいのに。

どうして慎ましく小さな幸せで楽しんでいた私たちから奪うのか。

でも理由なんかないんだ。この世で苦しんでる人全員に理由があったら、それはもっと恐ろしい。

 

 

毎日5分か10分の面会で見つけたことは、夫の手の温かさ。さっきまで生きていた母の温もりの残る手でもなく、棺に入れられてキンキンに冷やされた親友のおでことも違う、生きている人間の温かさ。

生きてるんだ!生きてるから、大丈夫。生きてるから、大丈夫なんだ。

 

 

 

発作を鎮めるための全身麻酔が深くなってから、ただ顔を見て義母と無駄話するだけだった面会も、一日だけ日照りを覗かせた。

三週間目に突入したある日、前日には予兆も見せなかったのに、夫の目が開いていたのだ。

「何でだろう、麻酔を減らし始めたからかな」

いつもはなかった口からの管も気になる。よく見かける看護師さんもおらず、忙しなく動き続けるスタッフに話しかけるのは気が引ける。

 

夫に繋がった機械のアラーム音を確認にきた看護師を呼び止めた。

「入院してから今まで、目が開いているところを初めて見かけたんですが」

「あぁ〜!麻酔を減らしてるっていう話は聞いてますよね?今起こしてる段階なので、どんどん声かけて起こしちゃってください!」

医療ドラマでよく見る、患者が目を覚ます時には家族が大勢周りにいて泣きながら手を握っている、なんてシーンは幻想か。

こんな風に何となくダラ〜っと目を覚ますものなんだな、やっぱり。

病院からの知らせに一喜一憂しすぎると疲れるので、非常にニュートラル・リアリスティックになった自分なので、そんなものかと腑に落ちた。

 

 

夫の名前を呼ぶと、さっきより明確に反応を示している…かのように思われる。呼び続けると、明らかにモゾモゾしたり、口を動かしたり、眉毛をあげようとしているようだった。

左手をさすっていたが、布団の中にあった右手を握ってみる。すると、力強く握り返してくれた。温かい手。一生懸命生きている、以前と変わらない握り方に思わず涙が溢れた。

まだ目の見えてない赤子のような、焦点の合わない視線だが、確かにここに戻ってきてくれるという予感を感じさせてくれた。

きっと耳は聞こえてるんだ。嬉しくて喋りかけ、さする手が止まらない。とはいえ、面会時間は5分なので、ようやくバイバイというと、手を動かそうとしてくれた。

三週間、真っ暗な世界に落ちていくばかりだったが、初めて嬉しいと思える知らせだった。

 

 

 

翌日、面会に行くと、前日より虚な目をしている。まだ寝てるのかなぁと言いながら、それでも構わず話しかける。何てったって起こさなきゃいけないんだ!そう思っていると、担当医師がこちらに近づいてきて、やっぱり嬉しくないニュースを伝えるのだった。

今朝大きい発作があり、またこの週末は麻酔を強めていくという。週末の治療の結果によっては、来週には保険外治療も乗り出そうというところらしい。

喜びすぎない。悲しみすぎない。そう分かっていてもやっぱり露骨に落ち込み、焦る自分がいた。

弱っていく家族をわざわざ見にいくのは、義務というより、懲罰に近い。行くたびに痩せていく姿を見て、ジワジワとつらい気持ちになって、自分がつらい気持ちになることで彼の苦しみが解放されますようにと願うのだ。

 

 

 

 

夫が作っていたであろうレシピを探して、子どものためにビーフストロガノフを作った。

休みの日はいつも外出の隙間を縫って、手際よく何種類も作り置きをしてくれた。

私が作るのは一種類だけだし、手際も良くない。こんな調味料使ってなかったよなぁと思いながら、おいしい料理ができた。

子どもも美味しいと言って食べてくれた。

 

 

 

早くまた夫のつくるご飯が食べたい。

早くまた夫とスーパーで買い物がしたい。

早くまた夫と次の旅行どこにいく?って話し合いたい。

早くまた夫と夜な夜な夜食を食べたい。

早くまた夫と子どもと三人でお風呂に入りたい。

早くまた夫と目が合いたい。

早くまた夫に行ってきますのバイタッチがしたい。

 

 

 

今年の目標覚えてる?ヘルス・ビューティー・ファッションだよ。

どこが健康やねんって、早く笑い話にできますように。

 

 

 

 

 

 

友達

 

 

 

友達が亡くなった

 

 

私が高校一年生の時、pixivで知り合った女の子だった

 

 

当時未来日記がアニメでやってて、我妻ゆのの絵を描いてアップしたらコメントがあったんだと思う

 

 

年上でおもしろくて、だいぶメンヘラで、年下のわたしにこんなにあっけらかんと、ずいずい距離を詰めて絡んでくるなんて、ほんとにずいぶん変な人だった

 

 

 

Twitterで毎日のように絡んで、LINEも毎日のようにして、たまに電話して、

わたしが20歳になった時はじめてリアルであった。

初めての東京で、初めて会うのに、昔からの友達みたいにすごいテンションと声量でわたしを迎えて、スカイツリーに連れて行ってくれた

 

 

わたしはそんなにテンションが高い方じゃないから、終始圧倒されっぱなしだったけど、

別れてから、あー楽しかったって思えた初対面にしてくれたのは、他でもないあなただった

 

 

私たちって本当に似てるよね、ソウルメイトだねっていつも言ってくれてありがとう

年も違えば住んでる場所もやってたことも全然違うのに出会えて本当によかった

あなたに会えて本当によかった

 

 

本当につらい時いつもサインを出さないのしってたのに、わたしは日々にかまけてあなたのサインに気付けなかった

本当につらい時ひとりぼっちにしてごめんね、都合のいいように解釈してごめんね

 

 

はやく気づいてあげられたらよかった

一人ぼっちで悩んでつらかった、ごめんね

 

私のこと少しでも考えたなら、いつでも連絡してほしかった

ほんとに生きててほしかった

 

すごく近い友達だったから、むかつくこともいっぱいあったし、むかつかせることもいっぱいやったし、ケンカもしたし、

よかったねって時は祝福して、でももうこの先にいないんだ

 

 

手紙書くから向こうで読んでほしい

 

楽しかった、楽しいこともたくさんあったよな、って少しでいいから思ってね

わたしのこと思い出してね

安らかに

 

 

 

 

 

後日談

 

 

葬儀行って、お坊さんのお経聞いてたんだけど、

 

お坊さんの南無阿弥陀仏のクセ強すぎて、友達だったら絶対涙流して大笑いしてるだろうなって思っておかしかった

 

 

なむあみだぶ〜なーむーむーみーまーむーむーみーなむあみだーなむあみだぶーなむあみだぶつーむあみだー

 

 

むあみだってなに😂😂😂😂

ちょっと一文字ずつ削るのなに

 

 

途中ぎゃらばって言った時

わたしの中の友達が

「ぎゃらば⁉️⁉️⁉️😳」

てこっち振り返ってた

 

 

 

 

火葬場まで行きたかったけどまごまごしている隙に行けなかった

 

 

 

なんでもLINEで教えてくれてたから、みんな顔見ただけで

「あ、あの人だ」って分かった

 

 

 

 

火葬場行けず、トボトボ帰った

 

 

 

ダサい音楽すき

 

 

 

最近これ聴いてる

 

 

 

https://youtu.be/8H1abFkSLss?si=5N6w7EgY-lELLNtt

 

女性Vtuberが歌うSoul'd OutのTokyo通信〜urbs communication〜

 

女性でもこんな風に歌えるんだ!

コメント欄も偽Diggyの絶賛コメントに溢れている

 

 

 

 

Soul'd Outとの出会いは小学生時代に遡る

 

アニメ大好きだったから夕方やってた焼きたてじゃパン見てたんだけど、

当時テレビ大阪でやってたのかな?大阪からの電波ギリギリ届くかなくらいだったからガビガビのアニメよく見てた

 

EDで流れたサタデーナイトフィーバーみたいなアニメーション、そもそもこれもダサい

そのダンスに合わせて流れていたのがSoul'd OutのTo All tha Dreamers

OPのホウキ雲も大好きだったけど、このEDも大好きだった

 

 

当時8歳だか9歳だか、その辺りだった私は素敵な曲だと思ってもケータイもパソコンもなく素敵な出会いは一度きり。テレビ止まり。

 

 

時は流れ大学生になった私は、バイト先の有線の平成懐メロ特集で流れたSoul'd Outに再び夢中になった

 

 

当時付き合っていたバイト先の同僚に「Soul'd Out知ってる?」と聞いたら「知ってるけど…あんなん好きなん?」と聞かれた

 

 

ダサいんだ…それからあまりSoul'd Outが好きなことは言わなくなった

 

 

次の彼氏はヒップホップが好きな人で、日本語ラップも詳しかったから

「Soul'd Outって知ってる?」と聞いたら「あれは聞き取れないから、ああいうのは日本語ラップじゃない」と一蹴された

 

Soul'd Outってなんなんだ…

J-POP?HIP-HOP?どこにも属すことを許されないSoul'd Out、それでも好きになるのをやめられなかった

 

 

でもカッコイイよね

好きな人は好きだよね

好きな人いたらおしえてください

 

 

💿

 

 

ダサい音楽といえば、長渕剛の初期の女々しいフォーク路線も好き

 

 

順子

巡恋歌

俺らの家まで

祈り

 

 

ビリージョエルのthe Strangerもすき

 

 

あと甲斐バンドもすき

 

 

かっこいいけどなんとなくダサいかもしれないと思ったものをあげてみた

 

これもダサいかもだけどすきっていうのあったら教えてください

 

 

 

大は小を兼ねるのか

 

 

 

キッチン用品を選ぶ時、

大きいサイズと小さいサイズがあれば、

小さい方が使いやすいかな、など考えながら必ず大きいサイズを選ぶ。

 

 

大は小を兼ねるのだ。

 

古くから残る言葉はいつも正しい。

 

 

 

しかし、そんな摂理が通用しないこともあると、わたしは身をもって知っている。

 

 

映画におけるディレクターズカット版だ。

 

 

 

 

ディレクターズカットとは、当時公開された映像とはちがい、

未公開映像などを差し込み再編集されたものだ。

 

 

 

わたしは大学時代、映画部の部長をしていたくらいには映画が好きで(もっとも部長とは名ばかりで、学内で遊んだり飲み会を企画するばかりだった)

 

昔から、好きな映画はDVDを購入して、ひそかにテレビ下を賑わせている。

 

 

 

有りし日の私は、『ニューシネマパラダイス』に出会った。

1988年に公開されたイタリア映画だ。

映画監督として名を馳せる中年が主人公で、地元にいるアルフレードの訃報を受け、少年時代を回想するところから始まる物語である。

 

よき映画にはよき音楽がつきものだが、作中のエンニオ・モリコーネの音楽は聞くだけで作品を思い出してグッと来る人も多いと思う。

 

 

 

アルフレードと主人公・トトは何周りも年齢が離れているのに、彼らの間にある友情は本物である。

しかしアルフレードは、トトの映画に対する愛情・情熱を見抜き、若く未来ある青年が小さな地元に残ることを望まなかった。

 

 

「もうお前とは話さない、お前の噂を聞きたい」

「自分のすることを愛せ、子供の頃映写室を愛したように」

「人生はお前が見た映画とは違う、もっと困難なものだ」

「 帰ってくるな。ノスタルジーに惑わされるな。私たちを忘れろ。手紙も書くな。我慢できずに帰って来ても、私の家には迎えてやらない。」

 

 

アルフレードは半ば無理やり突き飛ばすように背中を押す。

戻って来る場所を用意するのも愛なら、戻って来られる場所をなくしてしまうのももう一つの愛なのかもしれない。

 

 

結果として有名人になり成功を収めたトトは、言いつけ通りアルフレードの訃報を聞くまでは一度も地元に帰らなかった。

 

郷愁、変わらず残るもの、変わってしまったもの、慕情、長き人生で胸を締め付ける様々な感情を描き切っている。

 

 

 

大好きな映画になった。

サブスクか何かで何度も見るうちにこれはDVDを買わなくてはと思った。

 

 

ニューシネマパラダイスのDVDには、2種類ある。

公開版と、先に触れたディレクターズカット版だ。

いや、ディレクターズカット版は『完全オリジナル版』と銘打って売られていた。

公開版が124分、完全オリジナルは175分ある。

 

 

 

私が繰り返し見ていたのは公開版だった。

こんなに素晴らしい映画に、51分も未公開映像があったことに驚いた。

 

大は小を兼ねる。

含まれていないよりも含まれている方がいいに決まってる!

私は一も二もなく″完全オリジナル版″をカートに入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

届いてから夫と見たと思う。

 

 

何だこれは?!

 

このメインテーマは本当に、あの私の大好きなニューシネマパラダイスと同じなのか?

 

そう思った。

 

 

 

追加されているシーンは厳密には知らないが、

初恋の人エレナとのやり取りが公開版より詳しく収録されている。

 

 

中年になってからエレナに

「あの時、俺、待ってたんだぜ?!」と迫るのだ。

そしてエレナに

「やめましょう。私たちおじさんとおばさんになったのよ」と諭される。

 

 

確かにそういう展開があっても不思議じゃない、むしろよりリアルであるとさえ思う。

 

 

しかし、やはり公開版の爽やかな締め付けを求めて見た私にとってはやはりショックだった。

 

 

完全オリジナル版を何度か見返したが、追加のチャプターがあるというよりは、より詳らかなシーンがところどころに差し込まれているので、「あ、ディレクターズカットだ…」と思っても飛ばせないのである。

 

 

 

私にとっては公開版こそが生まれて最初に目にした親鳥。

不要なシーンと分かっていながら、蛇足だと思いながら見せられるのは苦痛だ。

 

 

 

51分ぶんの大きい器は私にとって使いにくいことこの上なく、小さいお皿を恋しく思う日々である。

 

 

 

 

🥣

 

🥣

 

🥣

 

 

 

NHKプラスで地球タクシーを見ているのだが、

 

この前の再放送がとてもよかった!

 

 

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「ローマを走る 最後の3日間」


ドライバーとの対話と車窓からの風景で、世界の街を感じる一風変わった紀行ドキュメント「地球タクシー」。人気シリーズからのスピンオフ。5分間の心を飛ばすドライブへ!

 

代々続くタクシードライバーの家系に生まれたピエトロさん(63歳)。ローマで現役最長のキャリアを持つ、「重鎮ドライバー」だ。「この車中で、あらゆる人生に触れてきた」。渋く、ユーモラスに彼は語る。車窓を流れゆくローマの街並みに、人生の光と影を感じるドライブ。

 

 

 

インタビュワーは尋ねる。

「どれくらいの人を今まで乗せてきたんですか?」

 

笑って首を横に振るピエトロ氏。

 

「日本の人口くらいかな」

「たくさんだよ。たくさん」

 

Tanti.Tanti!というリズムにイタリア特有のユーモアを感じる。

私の意識は完全に、アルフレードだ!とニューシネマパラダイスへ。

 

 

イタリアの街並みはきっと変わらないのだろう。

石畳に古いアパートが並んでいる。

 

 

車が走る道路をサッカーボールが横切り、少年が取りに走る。

 

 

「私にもあんな頃があった」

 

 

 

緑の日焼けのバルコニーが並ぶアパートを指してピエトロ氏は言う。

 

「あの部屋で両親を看取ったんだ。父も母も私の腕の中で亡くなったんだよ。」

「母が亡くなる時は、母の身体から魂が抜けていくのを感じたんだ。」

「人生って何が起こるか分からない。そんなものだよ」

 

 

そう話し、瞳に涙を浮かべ、胸が熱くなった!と笑うピエトロ氏。

 

 

 

こんなにイタリア人のおじいさんの良いところが詰まってるVTRが5分で流れることがある?!

 

イタリア人って何であんなに人生という言葉が似合うんだろう。

 

少年が青年になり、おじさんになり、おじいさんになっていく。

それがよく似合う。それが美しいと感じさせる。

 

 

 

私もイタリア人のおじいさんが欲しいなー。

スマホを食卓に置いてて「私との会話よりもそんな小さな板からの方が大事なのかい?」って怒られたい。

 

 

なんでイタリア語勉強してなかったんだろう。

学生時代イタリア語専攻ならイタリアにホームステイとか出来たかもしれないのに……

 

 

 

 

 

 

【募集】イタリアの家族とお近づきになる方法

 

 

 

 

 

 

🇮🇹

 

つれづれ

 

 

こどものわたしに似ているところ

 

 

たべものにかぶりつく時、

目と鼻の間にグワッとシワがよる。

 

わたしは小さい頃この顔をすると、父に「悪魔の顔」と呼ばれていた。

 

 

 

「ここで寝よっ」と言って人の身体の上など、だいぶ無理なところで寝たがる。

 

厳密にはまだ一才の我が子は「ここで寝よっ」とは言わないが、わたしの腕の上など、ねにくいところでコロンとしたりする。

 

 

 

おしりと腰をユサユサ揺らすと落ち着いて寝る。

 

 

 

🍀

 

 

こどもの、旦那に似ているところ

 

 

眠たくなると黒目だけになるところ。

 

 

寝る時にパジャマの襟ぐりを口元に持っていくところ。

 

 

 

 

🪴

 

 

 

 

 

少し前まで勝手に動き回ったりすること自体が楽しいみたいで、やたら家中を歩いたり一人で遊んだりしていたのに、

 

 

最近やたらくっついてきたり、ひざの上に乗ってきたり、

イタズラをしている時にわざわざこちらの様子を伺いにきたり、

追いかけたら逃げたり、

人との関わり方が少し変わったように思う。

 

 

 

 

「たいそういくよ〜!」から始まり、カラダダンダンのイントロを口ずさむと、

いたずらをやめてテレビの前に走っていって、浅めの屈伸をしてノっている。

 

 

 

 

⛲️

 

 

 

 

ポジティブな言葉や愛の言葉をかけたくて、この世に存在する愛の表現の新規作成に尽力している。

 

 

 

世界にはじめから存在していたんだね。

美しいって言葉がよくわかるように、ここに来てくれたんだね。

あなたはずっとここにいたんだね。

かわいいから好き、好きだからかわいい、あなたのことは誰でも好きになっちゃうね。

世界の美しさを教えるのがあなたの仕事だったのに、もうすでにあなたの仕事は海を越えて世界を渡り、どこで暮らす人にも希望の灯火をポッと宿すところまで来てるよ。

 

 

 

 

📰

 

 

 

旦那と話し合った結果、次の紙幣は、

 

 

千円 手塚治虫

 

五千円 黒柳徹子

 

一万円 杉原千畝、もしくは湯川秀樹

 

 

に決定しました。

 

 

千円 宮沢賢治 とかよくない?て思ったけど、

手塚治虫と比べた時に、あまりにも賢治の顔がお札映えしなすぎて、惜しくも入賞を逃した。

 

 

わたしは黒柳徹子は一万円でもいいと思うんだけど。。。

 

あと、杉原千畝は立派な人かもしれんけど、シワが少なすぎてお札にはむかないかなぁとも思う。

 

 

知名度について考えたけど、お札になってから自ずと知名度は上がるので、特に気にしないこととする。

 

 

 

 

諭吉5枚、みたいな言い方をさっさとしなくなり、渋沢5枚、って言ってる切り替え早すぎる人キライ

 

 

 

 

 

 

 

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スキ

受難のアラサー

 

 

産後、というより妊娠してから今まで似合ってたものが似合わなくなった。

 

 

妊娠中の体の不調による恨みつらみは以前から書いてあるとおりだが、

そのせいで外見を取り繕う時間、余裕がないままここまで着てしまった。

重たいお腹の痛みや不快感で歩くのが遅くなり、その遅れた時間をカバーするために、自分の身支度の時間を削った。

妊娠中、もはや何をしてもしなくても無駄な気がして、外見に関してかなり無茶苦茶な混沌が起きていたように思う。

服はお腹を締め付けなければなんでも良かったから毎日同じワンピースを二着用意して着回し、どうせ出産したらお腹も引っ込むからと思い、ほつれにほつれた下着やマタニティドレスを着ていた。

きっと私の「女性として綺麗にする」という元々消えかけていた意識はあの時壊滅的になったのだと思う。

 

 

産後、手のかからない息子と協力的な夫のおかげで自分に使える時間と余裕を確保したが、

もはやどんなふうにそれを使えばいいか分からない。あまりにも持て余している。

 

 

数年前の私はどんな服を着るのも好きだった。

似合う、似合わないは置いといてそんなに変なふうには見えなかったと思う。

でも、今その服を着ても、変なのだ。

オーバーサイズのTシャツは似合わない。というより、オシャレのために着ているという感じがしない。鏡から「肌が隠れてればオッケーオッケー!ガハハ」という声が聞こえてきそうだ。

 

 

 

四年前の写真を見返してみる。

なんてキラキラしていて、若くて、かわいらしいんだろう❗️

何が違うのか?化粧か?眉毛の角度か?

少しでも復元しようとするが、何かが違う。

おそらく何もかも違うのだろう。

わたしのしようとしていることは、世間では「若作り」と呼ぶ。

 

 

わたしは若作りは好きではない。

人は歳をとるべきで、自分の体や心と向き合いベストの自分を更新し続ければ老いることも苦ではないと思っていたからだ。

しかしこの三十路手前という過渡期において、わたしはこのシチュエーションの荒波の中で舵を切れずにいる。

 

 

こうなりたい、というイメージ像はいくつかあるのだが、その到達点と今の自分を結ぶ線のひきかたが分からない。もしくは、このまま線を引いていくと繋がらない。

こうなれば逆算である。なりたいイメージまであとどれくらいか考えてみる。

 

 

私には憧れのロールモデルがいる。

私が大学時代、カフェでバイトをしていた時に出会った同僚だ。

彼女はわたしより一回りほど歳上で、会社員として働く傍ら、仕事がない休日はカフェでバイトをしており、あろうことかわたしが通っていた大学の夜間部に合格し、仕事終わりに通っていると言っていた。

地元を出て働きながら、住処を移し「教師になりたいんだよね」と言い、カフェでの仕事も無駄なくそつなく過ごしていた。

料理がプロ並みに上手で、毎晩走って、マラソンにも出ているようなパワフルな彼女は、実際に教員免許を取りわたしと同じ年に大学を卒業し、現在は中学校の教師をしている。

多趣味で何でもしている彼女は、会うたびにこの前の休日はここに行った、こんなことをした、とか色々話してくれるのだが、その一つ一つが面白く興味をひいた。

きっと引き出しにたくさんある話の中から、わたしが興味を持つ話を選んでしてくれていたと思う。

 

彼女の行動力のなにか一つでも私にできないものか?と思い、最近ジョギングを始めた。

子ども中心の生活をしていると、中々時間が取りにくいが、それを建前にして言い訳したくないな、と思うので、休日タイミングが合う時は選択肢として頭の片隅に置いている。

いずれクォーターマラソンでもリレーマラソンでもいいから、なにか目標を立ててやってみたいな、と思うけど、今は目下運動不足解消のためのジョギングである。

習慣づけてやらなきゃ意味ないよな、と思いながら、全くやらないよりはマシかと奮い立たせてユニフォームに着替える。

二週間間隔でも意外と前回よりもバテなくなっているものである。前回より休憩してないぞ、とか思いながら足を動かす。

こういうことに一番邪魔なのは完璧主義な自分であると思う。完璧にやりきる、毎日やる、とか決めると一度の挫折で諦めてしまう。

禁煙にも似ているなぁと思う。わたしがなにかを努力して続ける時は、「この日から始めた、始めよう」と絶対にちらりとでも頭を過らせないようにしている。この日から吸ってない、と思うと日の長さを感じて努力の反動が来るからだ。異臭のする暗いトンネルを抜ける時、後ろを振り返らずに息を止める、トンネルを抜けてもしばらくそれを早歩きで続ける。もういいかな、と思ってしばらく経ってから深呼吸をする。するとトンネルは遥か向こうにある。そうなれば克服した!と胸を張って言える。わたしが禁煙の話を今こうして出来るのはトンネルを抜けて、池の鯉がするような必死の深呼吸を終えたからである。

 

 

話はそれたが彼女は当時30代前半、わたしが現在28なので概算であと5年ほどで理想に見合った行動力を身につけなければいけない。

 

 

ついでに言うと40代は美しくシンプルな装いをした淑女でいたいし、50代では似合うメガネをかけてバッサリベリーショートの似合う細いマダムになりたい。

髪の毛は白髪を生かしたグレージュを綺麗に保って、おばあさんになったら白髪を薄いパープルに染めたい。

 

 

あと若い子の着る浴衣くらいは着付けてあげたいし、季節のイベントも大事にできる大人になりたい。

もう安物買いの銭失いはしたくないし、「わかんな〜い」で終わらせたくない。。

 

 

 

人生、なりたい自分を考えると課題が山積みである。

映画や作品、芸能人を見ていろんな経験をしたような気になるが、人生は一度きり、自分の経験は行動して実ったものから採るしかないのである。

 

 

なんでもやってみるしかないよね、やってみたいなー行ってみたいなーって言ってたら色んなものが通り過ぎてしまう。

結びを見失ったが、なりたい自分になれるように努力しなければならない、インプット中心の時代からアウトプット中心へとシフトチェンジしなければならない。

 

 

 

アラサーの手記。

おたの申します。

 

ご機嫌で過ごすこと

🌈

 

 

復職して1ヶ月ほどが過ぎた。

 

 

会社としては育休は子どもが2歳になるまで延長できるとは聞いていたが、

保育園の空き枠を奪い合うのは私が住んでいる地区でも例外ではないようで、預けられないことになったらと思い

子どもが8ヶ月になる頃に復職することを決めた。

 

 

正直申し込み出したの子どもがまだ2ヶ月の頃とかで、まだ首も据わってないしふにゃふにゃで母乳もあげてる時期だし復職なんか具体的にイメージできる初産婦なんているんだろうか?

 

ただ、周りで同じ時期に復職しようと申し込みを出したのに落ちた人の話なんかを聞いていると、アテにしていた収入の目処がつかない生活の不安は想像に容易いので、なんとなく…でも申し込みを出しといてよかったなと思う。

 

 

8ヶ月自宅で保育をしてみてきづいたことは、

バリキャリの方が向いている、ということもなく、専業主婦の方が向いている、ということもなく…本当に共働きで何となく助け合いながらやるスタイルが一番ハマるんだろうなということだった。

特に仕事が得意とか好きとかいうわけでもないし(ミスは多いしよく分からないなーと思いながらしている業務の多いことよ😅)

料理が好きで休みだったら凝った料理をつくる、裁縫が好きだから子どもに好きな布でお洋服をつくる、といったこともない…(裁縫のセンスが壊滅的なので自分で作ろうと思った途端金をかけたゴミを量産してしまう)

 

 

働くのは特段イヤという気持ちもないし家にいてもやることもないし、同僚とお喋りできるのは楽しいので復職できてよかったなと思う。

 

 

 

🍀

 

 

 

保育園のお迎えがあるのと、家から職場まで遠いこともありだいぶ早い時間に早抜けさせてもらってるのだがそれというのも、「自分イケます‼️」というスタンスでいると自分を潰しかねないと思っているからだ。

 

 

妊娠する一年くらい前に潰れた時も、自分へのハードルがどんどん上がってたんだろうなと思った。

一人でなんでもできるのももちろんスキルだと思うけど、それで潰れるイコール出来たとは言えないから、

それだったら人に頼ってのんびり行きながら長く続けられた方がいいなと気がついた。

今までの自分は、自分の限界やスタミナを知らずに全速力で走り続けて急に体力がなくなって倒れて周りの人に介抱してもらっている状況だったと思うので、

これからは自分のペースを把握しながら人とコミュニケーションをとって長く走りたいと思っている。

 

 

そういう考えのベースがあるので、実はいまのスケジュールはカツカツで毎日精一杯というわけではない。

 

仕事を引き継いで後に残っていただいてる社員には申し訳ないという気持ちもあるけど、

自分がその立場だった時に先に帰りやがってって思ったこと一度もないな、と思って少し甘えてる。

 

 

 

💗

 

 

これは完全に人それぞれの考え方があると思うんだけど、

 

 

 

めちゃくちゃ仕事できて手が早くて人の十倍くらい働いてる人と

人並みの仕事量で人並みの出来映えの働きの人がいたとして、

これだけ見ると憧れを抱くのって前者だと思うんだけど、

 

前者の人がずーーーーっとイライラしてみんなに当たり散らしながら職場にいて、

後者の人がいつもニコニコ人に癒しを振り撒いて職場にいるんだったら、

わたしは後者の人の方が価値が高いなーと思う。

 

 

 

ご機嫌な人が周りにいたら、自分も心が和らいでリラックスできると思うんだよね、、

 

 

働いてたらイライラしちゃう、イライラさせられちゃうのも分かるんだけど

あなたの笑顔にすごく価値があるんだよーーあなたが笑ってくれるだけでこの場はみんな幸せな気持ちになるんだよーーと思うことって結構ある😅

 

 

イライラすると気持ちが腐っちゃったりするし、

萎縮しちゃうと心を開かなくなって笑顔もつくれないけど

たった一声わざわざかけてくれるだけで救われることもある、自分が笑顔で話すだけで少しでも場を明るくできるって信じてがんばろうと思う😉

 

 

 

 

ご機嫌で働くためにはご機嫌で暮らすのが一番だから、

そういう意味でもみなさまご自愛ください。

ご機嫌に出来なかったら、このままだったらご機嫌に出来ないって誰かに話してね💐

 

 

 

 

 

🦞